理化学研究所

9年で3個、400兆回の衝突の末

元素発見の優先権を主張

2005年4月2日、2個目の113番元素の合成に成功した。そして2006年、国際純正・応用化学連合(IUPAC)と国際純粋・応用物理学連合(IUPAP)の合同作業部会(JWP)から、“新元素を発見したグループは申し出よ”というコール(呼び掛け)があった。JWPはIUPACとIUPAPが推薦した6人で構成され、数年に一度コールを出し、誰が新元素を発見したのかを審議し優先権を認定する。優先権が認定されると、新元素に名前を付けることができる。

もちろん森田准主任研究員たちは名乗りを上げた。しかし、113番元素発見の優先権は認められなかった。「2個では観測数が少ないこと、また、113番元素の崩壊過程は2タイプあるのに一方だけでは合成の証拠としては不十分ということでした」

合成した278113は2個とも、α粒子(中性子2個と陽子2個で構成されるヘリウム原子核)を放出するα崩壊を4回繰り返し、原子番号111のレントゲニウム(274Rg)、109のマイトネリウム(270Mt)、107のボーリウム(266Bh)、105のドブニウム(262Db)へと崩壊。その後、262Dbは自発核分裂を起こして2個の原子核に分裂した。

「新元素の合成を証明するには、その元素が崩壊連鎖を起こして既知の原子核に到達することが重要です。私たちは、266Bhは既知の原子核だから、そこからさかのぼることで合成された元素は278113であると主張しました。しかしJWPは、266Bhは1例しか報告がないので既知の原子核とはいえない、また262Dbは33%の確率で自発核分裂を起こし、67%の確率でα崩壊を起こすことが知られているにもかかわらず2例とも自発核分裂なのはおかしい、と指摘してきました。ならば、まずは266Bhを直接合成し、自分たちの手で既知の原子核であることを証明しようと考えました」

森田准主任研究員らは2008年から2009年にかけて、266Bhを約20個、直接合成することに成功。それら266Bh が、278113で観測されたのと同じ時間をかけて同じエネルギーを放出してα崩壊すること、その結果できた262Dbが33%の確率で自発核分裂を、67%の確率でα崩壊を起こすことを確認し、266Bhが既知の原子核であることを証明した。

そして2012年5月、JWPから再びコールが出た。森田准主任研究員らは、266Bhを直接合成し既知の原子核であることを証明したことなどを追加の証拠として再度、113番元素発見の優先権を主張した。現在審議中である。

2012年8月12日、待ちに待った3個目

「私たちに113番元素発見の優先権があると確信しています。しかし、優先権獲得には観測数を増やすことも重要です。そこで、113番元素の合成実験を続けていました」

そして2012年8月12日、ついに3個目の113番元素の合成に成功した。明らかになったのは8月18日だ。「自動解析を擦り抜けていたのです。そういうこともあるため、私たちはすべてのデータについてオフラインでの解析も行っています。お盆休みでたまった1週間分のデータを東京理科大学の大学院生の住田貴之君が解析していました。113番元素らしいデータがあり、α崩壊を4回起こしていることが分かったところで、“森田さん!何か見えています!”と私の居室に電話してきました。計測室に駆け付け、5回目の崩壊がどうなっているかを調べると、自発核分裂を起こしていない。さらに2回のα崩壊を起こし、既知の原子核である原子番号103のローレンシウム(258Lr)、原子番号101のメンデレビウム(254Md)に到達していたのです。それが分かったとき、狂喜乱舞しました。2004年と2005年の2個と違う、まさに、観測したかった崩壊経路だったからです」

実験開始からビーム照射日数80日で1個目、さらに100日で2個目の合成が確認された。しかし、3個目までは350日かかった。不安にならなかったのだろうか。

「不安はありませんでした」と森田准主任研究員。「113番元素の合成確率は、原子核ビームの速度で決まります。合成確率が最大になる速度を正確に予測することが一番重要です。私たちは、108番、110番、111番元素合成の経験を踏まえて速度を決め、2003年の実験開始からそれを変えていません。もともと200日ビームを照射して、ようやく1個くらい合成できる確率でした。1個目と2個目が100日ほどで出たのは、ラッキーだっただけ。3個目が300日を超えて出なくても、何も不思議なことはありません。待っていれば、絶対に来るのです」

この成果はすぐに論文にまとめられ、2012年9月27日、日本物理学会の英文誌『Journal of the Physical Societyof Japan(JPSJ)』にオンライン掲載された。プレス発表も行い、翌日の新聞各紙には大きな見出しが踊った。

2004年、2005年、2012年元素の合成の流れ

日本で初めての命名権獲得へ

今回は3個目ということに加えて、新しい崩壊過程を観測できたことで、113番元素合成の有力な証拠固めとなった。「コールはすでに締め切られていますが、JWPに“この証拠も加味して審議してください”というメールを送りました」

ロシアのドブナ研究所と米国のローレンス・リバモア研究所の共同研究グループも113番元素発見の優先権を主張している。彼らは、118番元素の合成に成功し、また117番、115番、113番と連鎖崩壊していく過程を捉えたから4個の元素に対して権利がある、というのだ。

「それらは既知の原子核に到達していません。しかし最近、既知の原子核に到達していないにもかかわらず、116番と114番を合成した米ロの共同研究グループにその優先権が認められました。その論法でいくと、113番の優先権も彼らに認められる可能性もあります。そうなると、どちらが早いかです。私たちは2009年に266Bhが既知の原子核であることを示した段階で113番の合成が確定したと主張しています。米ロのグループが117番を合成し、113番の合成を確定させたとするのは2011年ですから、私たちの方が早い。あとは、JWPがどう判断するかです。2013年中には結論が出るでしょう」

なぜ森田准主任研究員は113番元素の合成に挑み続けたのだろうか。

「現在、元素の種類は120もありません。新しい元素が一つ増えることは、化学や物理学にとって大きな出来事です。さらに優先権を獲得できれば、皆さんが中学校や高校で必ず目にする周期表に、初めて日本発の名前が載るのです」

超重元素の探索実験は、米国、ロシア、ドイツが先行してきた。後発の日本がなぜ113番元素の合成を実現できたのだろうか。

「ビーム強度が強く安定していること。分離装置の性能が高いこと。この二つに加えて、研究者が楽天的で、待ち続けることができたこと。これも大きいでしょうね」

次の目標は119番元素

「113番元素の合成実験は2012年10月1日をもって終了しました。次に行きますよ」と森田准主任研究員。「次は119番です」

119番を合成するには、ウラン(U)やプルトニウム(Pu)などを標的に用いる必要がある。さらに、114~118番の元素合成ではカルシウム(Ca)のビームが使われていたが、119番の合成にはチタン(Ti)やクロム(Cr)のビームが必要だと考えられている。

「私たちにとってすべてが新しい挑戦で、基本的なことから勉強し直す必要があります。でも、自信はあります。119番元素合成に対応できるGARIS-Ⅱも開発済みです」

「120番、121番……と、もっと先に行きたい。元素の存在限界を見極めたい」と森田准主任研究員。それには2個の原子核を完全に融合させるのではなく、部分的に融合させる核子移行と呼ばれる新しい手法が必要となる。

「元素にはさまざまな同位体があり、現在3000種もの原子核が知られています。横軸に中性子の数、縦軸に陽子の数で分類した核図表を見ると、まだ合成されていない空白域も残されています。1個1個埋めていきたいですね。周期表を拡大し、核図表を埋めていくことで見えてくる世界があるはずです」

森田准主任研究員の挑戦はまだ終わらない。
(『理研ニュース』2013年1月号を再録。文中の肩書は当時。)

現在の森田グループのスタッフ

現在の森田グループのスタッフ。
113番元素発見に至るまで、中には、1イベントにも立ち会えず研究室を去ってしまったスタッフもいます。
これまで在籍してきたスタッフに支えられて現在の成果が得られました。

 

※ホームページ公開時ページタイトル部に間違いがあり「400兆回の衝突の末」と訂正いたしました。

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